ピアノソロリサイタルで出会ったピアニストの究極の脱力演奏を目の当たりにして脱力の共通点に気付く

執筆者 荒木淳一
柔道整復師・鍼灸師
古武術の「型」稽古歴26年
型に隠されている力を否定した動作を求めて「柔」の術を探求する。
力を抜く構えづくりをコンセプトに整体施術を行う。
Contents
ピアノ演奏に欠かせない「脱力」とは?
ピアノ演奏において「脱力」という言葉をよく耳にします。しかし、多くのピアニストや学習者にとって「力を抜く」とはどういうことなのか、感覚的に理解するのは難しいものです。指先から力を抜けば音が弱くなるのではないか、脱力すると支えがなくなってしまうのではないか――そんな疑問を抱える方も少なくありません。実際、演奏中に力んでしまい、肩こりや手首の痛みに悩まされるピアニストも多いのです。
では、演奏における「脱力」とは単に力を抜くことなのでしょうか。実はそうではなく、「力を入れること」と「力を抜くこと」のバランスを保ち、力の最適化を行うこと。柔らか整体では、この「脱力」を古武術の身体操作と結びつけて捉えています。
古武術における「力を抜く技術」
古武術では「力を込める」ことよりも「力を抜く」ことを重視します。一般的に力を入れることは意識しやすいですが、力を抜くことは意識しにくいので意外と難しいのです。力んで筋肉に余計な緊張があると、動きが遅れたり、相手に読まれたりしてしまうからです。そこで大切にされるのが、全身を一つにまとめ、力を入れ過ぎず抜きすぎず。その時の身体がおかれている状態に調和した力加減が維持できている事。
例えば、上半身を左右に移動させる動作を一般的な動かし方と古武術的な動かし方の違いを上げてみます。
一般的に座った状態で上半身を左右に移動させる場合
移動したい方向の側腹筋を緊張させる、もしくは移動したい反対側の臀筋や下肢の筋肉を緊張させその反発力(反力)で上半身を移動させます。
古武術的に座った状態で上半身を左右に移動させる場合
移動したい方向の骨盤内の筋肉の緊張を緩和させ移動を起こさせます。砂山に棒を立て一方の砂をどけていくと、どけた方に棒が倒れるイメージです。
力を抜くことを棒倒しのイメージで説明してみました。
力の使い方としては、全く正反対の使い方となります。そして、筋肉を緊張させると、力が入っているところと入っていないところの差が生じブレや乱れが生じます。力を抜く(使わない)使い方であれば、このブレや乱れは最小限に抑えることができます。

古武術の稽古で培われる身体感覚
古武術の稽古を通じて養われるのは、「浮かす」「つなげる」「立てる」といった身体感覚です。腰や背骨を基点に、手足が連動して動くように稽古を重ねることで、力みなくしなやかに動けるようになります。
これは武術だけに役立つものではありません。日常生活の姿勢や歩行、さらには芸術表現にまで応用できます。音楽家が演奏で直面する「力み」「疲労」といった課題も、古武術の身体感覚を取り入れることで改善できる可能性があるのです。
腰を浮かす座り方 ― ピアニストと武術家に共通する重心操作
先日鑑賞したピアノソロリサイタルのピアニストは、椅子に座っているにもかかわらず座ってはいないのです。ただし脚腰に力を入れて持ち上げるのではありません。これは古武術で重視する「腰を浮かせて動ける状態」に極めて近いものでした。
一般的な椅子での座り方は、椅子に腰がべったりと張り付いてしまい腰が動きにくい状態の座り方に陥りやすい。
武術における座り方は腰を浮かすことで、下半身から上半身へと力が流れる余地が生まれます。この状態は、座面にお尻が乗っていますので見た目には普通の座り方との違いがわかりません。
違いは重心の位置です。
普通に座ると重心が重力に引っ張られ低くなりますが、古武術での座り方は重心を引き上げることにより、座面での抵抗力が少なくなり動きやすくなります。
その反面、ふらふらと不安定になりやすく無意識に力を入れてしまい安定しようとしてしまいます。
一般的には安定が良しとされますが、古武術的には安定は動き出しが遅くなるため良しとはしません。よって安定させずに不安定を使いこなす必要が生じます。

縦軸の意識と鍵盤操作 ― 横の鍵盤と縦の動き
ピアノの鍵盤は横に長く並んでいますが、演奏者の身体の軸は「縦」を基準にしているように見えました。縦軸を意識して動くことで、腰と肩や腕に調和がとれ身体の一体感が生まれます。この形は身体の中で動きのブレが生じないため不要な緊張がたまらず、全身の連動を保てるのです。
古武術でも、身体の軸を縦に整えること、すなわち身体を立てることが基本です。軸が乱れると力が分散してしまい、力が弱くなった分力を加えようとしてしまいます。
動きに乱れが生じると、乱れを補正するために力で動きを調節してしまいます。この補正作業は余計な力として現れてしまいます。補正するのではなく縦の軸をしっかり保つことで動きを乱さなければ、余計な力は必要ありません。
ピアニストが縦の軸を保って左右に移動しながら演奏する(棒のように突っ立つのではなく軸とは抽象概念)と、身体と手のブレが最小限に抑えられ音に安定感と雑味がなくなります。そして力まずに広がりのある表現が可能になります。縦軸を維持しながら左右の動きを行うためのポイントは股関節周辺の力を抜くことで股関節が椅子の上で左右に転がるイメージです。
鍵盤を下に押さない ― “引き上げる”という感覚
ピアニストが鍵盤を弾くとき、多くの人は「下に押す」意識を持ちます。しかし観察したピアニストは、むしろ「上に引き上げる」感覚で鍵盤を扱っていました。
これは古武術の「引き上げる」の動作と共通します。
力を下方向に押し付けると音が硬くなり、身体も緊張します。なぜなら、筋肉の収縮による動作(絞める作業)であり鍵盤には思った以上の反力が生じます。(自分では押さえているつもりはなくても、筋力以外の物理的外力が意外と生じています)
逆に引き上げるように使うと、音に柔らかさと余韻が生まれ、身体の負担も軽減されます。この感覚は「脱力」を理解する上で大きなヒントになります。
一般的に引き上げる動作をする場合に、肩の上部の筋肉や腕の外側の筋肉を使い、腕や指を持ち上げようとするでしょう。
しかし、その持ち挙げ方は筋肉の収縮による挙げ方になるので、力を入れて持ち上げている事になり「脱力」とは程遠い使い方になります。
古武術での引き上げは、上げるのではなく「浮かす」感覚です。
この浮かす感覚は、肩の上部や腕の外側ではなく、腕の内側や胸の前が広がる感覚です。
全身の連動が生み出す無理がない動きの演奏
演奏中のピアニストは、腰・肩・肘・手首・指先までを一連の流れで動かしていました。力を部分的にため込むのではなく、腰から指先までがつながった状態で音を生み出していたのです。
古武術でも「体から動かす」ことを基本とします。手先だけでなく、全身をまとめて動かすことで、最小の力で最大の効果を発揮できます。この最小の力を紡ぎ出すために、身体のあらゆる部分を最大限使い切らなければ現れません。
そして、最大限身体を使い切るためには、身体の一番深いところから動き出さなければなりません。
この考え方はそのままピアノ演奏にも活かせるものでしょう。

弱音にこそ表れる脱力の質
特に印象的だったのは、弱い音を奏でるときの動きです。指先だけでそっと鍵盤に触れるのではなく、全身を使って指一本を動かしていました。
弱音だからこそ全身の連動が必要であり、その結果として力は弱いが、演奏者の全身への力の広がりが音の響きとして広がり、この広がりが聴衆の身体まで広がり響くようでした。
演奏者の思いや感情はさておき、身体論だけで述べると、脱力はただ「力を抜く」ことではなく、全身を調和させて一体化させることで自然に現れるものだと実感しました。
施術における脱力の考え方
柔らか整体では、この「脱力の本質」を施術に取り入れています。筋肉を無理にほぐすのではなく、術者自身の連動性を高め、この連動性をダイレクトに伝えて、クライエント自身の連動を回復させることで自然な動きを取り戻します。
例えば、肩や腰に強い緊張があると、それは演奏にも直結します。力を抜くことができれば、動きは滑らかになり、音も変わります。皆さんそのような事は理解出来ていても実際の身体は言う事を聞いてはくれません。
身体が理解できるように、身体に直接、身体で伝える。
古武術は力を伝える方法として「型」が残されてきました。その方法として「絶対に力を使わぬこと」ととがめられています。
このような身体の使い方を通して「身体がつながる感覚」を養うことで、演奏の質も自然に向上していきます。
演奏者に多い不調の原因と改善法
ピアニストや音楽家には、肩こり、腰痛、腱鞘炎などの不調がつきものです。これらの多くは「力み」に原因があります。
長時間の練習や本番で、無意識に肩や腕を固めてしまうことで筋肉や腱に負担が蓄積し、痛みや炎症につながるのです。柔らか整体では、このような症状を単なる痛みとしてではなく、「身体の使い方の乱れ」としてとらえ、根本的な改善を目指しています。
この身体の使い方の特徴やクセを捉えることで、どのように動きが乱れるのかが見えてきます。根本的改善とは、ご自身で気付いているが変えられない身体の動きや、ご自身でも気付いていない無駄な動きを修正することで痛む必要のない状況をつくり上げます。
施術で得られる効果と変化
施術を受けることで、自分でも気づいていなかった「力み」に気付く事が出来ます。
この「力み」が演奏や動きの邪魔になり本来の動きを阻害していたのです。
施術の目的は症状改善と共に、無理や無駄のない本来の動きを取り戻すことなのです。
ピアニストは自然に身体を使えるようになり、指や腕の負担が軽減されます。結果として、演奏における脱力感が増し、音の響きや表現力も向上します。
さらに、演奏だけでなく日常生活の動作にも効果があります。正しい姿勢や動作の感覚を身につければ、疲れにくく、痛みの再発も防げます。演奏のためだけでなく、健康のためにも大きなメリットがあるのです。

ピアノ演奏と古武術の共通テーマ
ピアノ演奏と古武術には、「脱力」という共通テーマがあります。腰を浮かす座り方、縦軸の意識、全身の連動、弱音での表現――これらはすべて、古武術と演奏の根底でつながっています。
脱力とは、力を抜くのではなく「全身をつなげて最適な力を出力すること」。その理解が演奏の自由さを生み出し、身体の健康も守ります。
柔らか整体からのメッセージ
柔らか整体【荒木整骨院】では、古武術の知見を活かし、音楽家の可能性を引き出す施術を行っています。演奏時の力が抜けた感覚を高めたい方、肩こりや手首の痛みに悩む方、より自由な表現を求める方は、ぜひ一度ご相談ください。身体の使い方が変われば、演奏も変わります。